第3章 三重の祝福
この純福音の基層になるのが「五重の福音」であります。 「五重の福音」とは、新生の福音、聖霊充満の福音、癒しの福音、祝福の福音、再臨の福音をいいますが、これは聖書の主要な五つの主題でもあります。 この五つの主題はキリスト教信仰の始めと過程と結果について扱っており、結局信仰生活の全過程を説明している核心主題になるのです。
I. 「三重の祝福」の前理解
1.「三重の祝福」の意味
「五重の祝福」が私たちの信仰のための理論(Theory)と教理(Doctrine)であれば、その理論と教理を実践する実際(Practice)と適用(Application)があるべきです。 実際に適用がない理念は机上の空論に過ぎません。 このような福音の適用が「三重の祝福」です。 「三重の祝福」は救いのある一面だけを強調したのではなく、私たちの霊、魂、肉にかけて、人生のすべての領域に適用させようとする全人的救いの図式的表現です。
2.三重の堕落と「三重の祝福」
1) 三重の堕落
善悪の知識の木から取って食べた時、アダムとエバは神様の御言葉通り霊的に死んでしまいました(創2:16、17)。 霊が死んだというのは、神様から分離されたという意味です。 神本主義から、人本主義に転落した結果、人間は神様があらかじめ備えてくださったエデンの園で、信仰と従順をもって生きる代わり、神の不在の世界の中で、人間の制限された手段と方法と知恵によって、生きるしかなくなったのです。
アダムとエバが堕落したことによって地は呪われ、いばらとあざみを生えるようになりました(創3:17、18)。 これから始まって今日に至るまで人間の人生にのろいのいばらとあざみが生えていない所はありません。 人類は科学文明を発展させ努力しているが、家庭と社会、世界の中に憎しみのいばら、不安と恐怖のいばら、挫折と絶望のいばらが生え、更には死のいばらが生え、人間はその苦痛によって身悶えしています。
最後に、アダムの犯罪によって、人間は死んで土に帰るしかない有限な存在になってしまいました(創3:19)。 死と死に至らせる病が人間に近づけるようになってしまいました。
2)三重の祝福
罪のない主が十字架の刑罰を受けたのは、まさに私たちの罪と咎を代わりにあがなうためでありました。 十字架の上でイエスが「完了した」と叫んだ時、私たちは私たちのすべての過去、現在、未来の罪を赦され、まるで一回も罪を犯したことのない人のように正々堂々と神の前に立つことができる法的資格を得るようになりました。
また、祝福の源である神の子が私たちの代わりに、呪いを背負い、血を流すことによって、のろいの力がなくなり、憎しみ、不安、焦燥、恐怖と絶望、挫折と死、罪責、定罪などすべての刺が除かれました。そして心の中に平安の川が流れ、人生の中に祝福の川が流れるようになります。 アダムの堕落によってもたらされた肉体的病と死もやはりイエスのあがないによって、完全に回復されたのです。
これから私の肉体の残りの生涯を生きる間、イエス・キリストのあがないに立脚して、私たちを、破壊する病に対する治療と健康の回復を、画然として主張できるようになるのです。 またキリストの中にいる人は、その肉体が復活する命の種を得るようになりました(Ⅰコリント15:42~45)。
II. 霊魂が恵まれる祝福
1.霊的生活の創造的秩序
信徒がイエス・キリストを救い主として受け入れ、霊が生き返れば、その生まれ変わった霊は主人になり、魂をしもべとして使い、肉体を家にして生きるようになります。 霊が生き返る人は良心が生き返り、御言葉を愛し、来世の希望を持ち、祈りによって神様と交わり、神様に感謝と賛美をささげ、いつも神様の臨在を感じるようになります。 また、人生の方向と価値が変わり、神様が人生の源泉になり、生活に奇跡が現れ、創造的な人生を送るようになります。
2.魂の訓練
イエスは罪の壁を崩し、聖霊が私たちのうちにおられるようになると、私たちの霊は神様の御言葉中心に生きるべきであると主張します。 これに対して、魂と肉は命がけに反抗します。それはこれまで魂は自分自身が最高の意志決定権力者であったため、よみがえられた霊が自分を治めるのを受け入れないためであります。 魂は過去から重ねて来た人本主義的経験を盾にとって、肉体の五官を通して入って来る世界に向かって、進もうと私たちを占領し、治めようとします。
しかし、いったん私たちの霊がよみがえられた以上は、神様が魂の驕慢を見捨てないで、試練と艱難を通して魂を破られると同時に、御言葉を通して魂を訓練させられます。
3.肉を殺す方法
肉は感覚を通した意識世界を持っています。 肉がなければ私たちは世界を受け入れられないのであります。 この肉を代表するのが情欲であり、情欲が行き過ぎて貪欲になった時、罪が入り、罪によってサタンが入るのです。 肉は魂のように破ることや訓練することができません。肉は理解力がなく、急な衝動によって行動するために、納得せず、修養と訓練によっても変えることができません。
私たちが肉を制御できる方法は、ただ十字架につけ殺す方法しかありません。 聖書にはこれについて何回も言及しています。
「私たちの古い人がキリストとともに十字架につけられたのは、罪の体が滅びて、私たちがもはやこれからは罪の奴隷でなくなるためであることを、私たちは知っています」(ローマ6:6)。 「キリストイエスにつくものは、自分の肉を、さまざまの情欲や欲望とともに、十字架につけてしまったのです」(ガラテヤ5:24)。
聖書は私たちが肉体の情と欲を十字架につける方法を次のように、三つ提示しています。
第1、 バプテスマ。 バプテスマの意義は罪と死のしもべになって生きてきた過去の私たちが十字架につけられ、死んで、よみがえられた人としてキリストとともに生きるのです(コロ2:12)。
第2、 私たちは聖霊のバプテスマを通して聖霊に満たされ、肉体を十字架につけることができます。 炎のような聖霊が私たちのすべての罪と罪の元を一掃してくれます。
第3、 断食と祈りを通して私たちは肉体の情欲を通して働くサタンの力に打ち勝ち、勝利できます。
III. すべてにおいて恵まれる祝福
1.祝福される人生の姿勢
1)考えを変えなければならない。
私たちは物質的な富を罪悪として考え、嫌っている否定的な考えを変えなければいけません。 そして、私たちの考えの中に潜在している貧乏意識、のろい意識、絶望意識などを追い出さなければいけません。 なぜなら、神様は私たちの考えによって働いているため、私たちの考えが貧乏とのろいに満たされていると神様が私たちに富と祝福をお与えにならないためです。
2)祝福の法則を使わなければならない。
考えが変わったならば、これからは聖書が教えている祝福の法則を生活の中で、実践しなければいけません。
)十分の一献金契約の法則
十分の一献金は物質に対する神様の主権を認め、従う行為として、神様の豊かな 物質的祝福のもとにな
ります。 神様が自ら私たちに十分の一献金を持って、試みてみようと言われた(マラキ3:10~12)。
)蒔いて刈り取る法則
蒔いた通りに刈り取るのが自然の法則であり、宇宙的な法則です(ガラテヤ6:7、8)。 この自然法則は霊的
な面でもそのまま適用されます。 神様は私たちの信仰によって蒔くものを基礎として、神様の働きを表し
ています。
)山びこの法則
私たちが大きい声で叫ぶなら向こう側からそれと同じ叫び声が聞こえてきます。 これと同様に、私たちが
聖霊の導きによって、主に栄光をささげるならば、 必ずそのことが祝福を先に立たせ、戻ってくるのです
(ルカ6:38)。
3)神様の祝福を期待しなければならない。
神様は自分を善き神として見上げ、祝福してくれるのを信じ、期待する者に、祝福を与えて下さいます。 私たちが信じる神がいくら偉大で、全知全能な方であっても、私たちが期待しないと、神様の祝福が私たちに臨まれないのです。 聖書は「あなたの口を大きくあけよ。わたしが、それを満たそう」(詩81:10)と言われました。
2.成功するための人生の姿勢
1)明白な目標を立てよう。
人生の目標を持つことによって私たちの生涯が整えられ、力があり豊かな実を結ぶようになります。 目標を追求する生活は、私たちの信仰と生活をさらに力ある賑わしいものにします。
2)熱い願いを持とう。
目標を立てたならば、熱い願いと執念をもって走らなければいけません。 神様は心に熱い願いがない人には働きません。 燃える願いは不退の祈りを通して、神様の御前にのぼり、その結果、神の信仰を得て、奇跡的に目標を達成することができるのです。
3)成功するイメージを創出せよ。
目標が設定され、その目標に対する熱い願いが起きるならば、私たちはそれを具体的に考え、絶えず想像しなければいけません。 これは「見上げる法則」を通して、具体化されます。 また、その結果、私たちに確固な成功イメージを持つようになり、成功する事例が増えてきます。
)見つめる法則
「見つめる法則」は見上げる対象をゆっくりと自分の所に近づけるようにします。 人間は想像力を通し
て、成功することもでき、失敗もするのです。 それで聖書に「力の限り、見張って、あなたの心を見守
れ。 いのちの泉はこれからわく」(箴4:23)と記されています。
)群れの法則
「群れの法則」は、すずめはすずめ同士、鴨は鴨同士に集まるという事実から類推した法則です。
心の中に熱い願いを持っていると同じような願いを持っている人同士が集まるようになります。 それだ
けではなく、成功のイメージを持つ人々には成功し始めるのです。
4)口で成功を是認せよ
口は私たちの人格と運命を支配する要素の中の一つです。 私たちが神様の力を是認すれば、神様の力が私たちの人生を成功へと導いていきます。 私たちが口でイエスの救いを是認すれば、救いが近づいて来ます。 治療の能力を是認すれば治療の能力が、祝福を是認すれば祝福が近づいて来ます。 それゆえ、私たちは私たちの成功と目標意識を口で、絶えず是認しなければいけません。
3.益としてくださる神様
私たちが神様を信じ、神様の栄光のために生きていますが、苦しみに会う時もあり、思いもよらないことが生じる時もあります。 しかし、私たちはロ-マ書8章28節の御言葉を信じています。
「神を愛する人々、すなわち、神のご計画に従って召された人々のためには、神がすべてのことを働かせて益としてくださることを、私たちは知っています」
私たちの過去の経験から見ると、私たちが神様を愛し、神のご計画に従って人生を生きようと努める時、すべてのことを益としてくださったことが数え切れないほど多かったというのを悟るようになります。 神様は私たちのために悪を善に、失敗を栄光に変え、すばらしいことをなさるために、今も私の中で聖霊として働いていらっしゃるのです。
IV. 健康になる祝福
1.癒される道
神様の恵みと祝福は自然に臨むのではありません。 受け入れる人間の方から信仰の決断と具体的な行動が伴わなければなりません。 癒しの祝福もその祝福を受け入れる心の器が用意された時にはじめて、私たちのものになれるのです。 それでは私たちはどのような器を用意しなければならないのでしょうか?
1)健康を熱望しよう。
癒しも他の祝福と同じように望んでいる人に近づいてきます。 神様は望み、熱望しない人には神様の特別な計画がない限り、働けないためです。
2)罪の赦しを得よう
人間は罪を犯し、その罪責感によって不安と恐怖に追われ、神様の御顔を避けるようになると、幸福と喜びを得ることができません。 それゆえ、私たちが病気になった時には、過去のすべての言行心事を振り返り、神様を悲しめた罪と隣人に害を与えたことなどを一つ一つ悔い改め、まず罪が赦されなければなりません。
3)心を守ろう
私たちがイエスを救い主として信じ、口で是認し、水と聖霊によってよみがえられたのは私たちの存在そのものの変化です。 それにもかかわらず、サタンはほえたける獅子のように機会こそあれば、私たちを打ち倒し、また支配しようとしています。 それゆえに、御言葉を通して、このようなサタンの計略と訴えから心を守る時、私たちは心身に平安と健康を守ることができるのです。
4)憎しみ、妬み、嫉妬、憤怒を解決しよう
私たちはまず憎しみの問題を解決しなければなりません。 憎しみを解消させられる唯一の方法は、赦し祝福することです。 赦しは私たちの祈りが答えられる重要な条件であり、治療の根拠です。 また、他人に対する羨みによって、心の中に妬み、嫉妬、憤怒の苦い池があると、体と心の健康を得られません。 私たちが隣人と正しい関係を結べるようになった時、健康な体と心を持つようになるのです。
5)信仰の祈りをしよう
信仰の祈りは、無い物を有る物と同じように見て、願う創造的な宣言です。 神様は独り子イエスが鞭打たれ、水と血を流すほどに、私たちの健康を願っておられ、あわれみ深い父でおられます。 私たちがイエス・キリストの御名が持っている力を信じ、癒されるため祈る時、神様は私たちを救われ、奇跡を与え病を癒してくださいます(使徒3:6、4:12)。
2.健康を維持する道
病から治療されるのは重要ですが、病気にならず、健康を維持することは、より重要なことです。 健康を維持するために私たちがするべきことを聖書的な観点から見てみましょう。
1)罪を犯さない
私たちが神様のあわれみを信じ、病を背負っているイエス様を信じる時、私たちは癒しの奇跡を体験し、癒されることができます。 私たちの心の器に聖霊様を受け入れることによって、私たちの体を神様がおられる聖なる宮にする時、悪魔は2度と入れないのです。
2)ストレスを解消する
第1、 私たちは人生の原理を知らなければなりません。 ’私はどこから来て、何のために生き、どこに行くのか’について確実な答えを得ると、私たちは世の中のものに対して自由になり、ストレスから解放されるのです。
第2、 疲れた人、重荷を背負っている人はすべてを主にゆだねなければなりません。 イエスはわたしたちの憂慮や心配から休ませてくれると、約束なさった(マタイ11:28)。
第3、 6日間は働き、7日目は休むという神様の創造の原理にしたがって生きる時、私たちは健康な心身を維持することができます。
第4、 内的な力を養わなければなりません。 私たちが家族、友達、隣人と熱い愛で結ばれた関係を維持すれば、内的な力を得ることができます。 また、私たちが聖霊に頼る時、私たちの弱い心が強くなり、新しい力を受けるのです。
3)聖霊に満たされた人生を生きる
肉体的な健康を維持する最大の秘訣は、心の平安と喜びを維持することです。 特に現代人のすべての病の70%以上は心の不安や情緒的な疾患から始まると医者は診断しています。 聖霊は慰めと平安の霊です。 それゆえに、私たちが心の平安と喜びを維持し、肉体の健康を維持する秘訣は、聖霊をいつも認め、歓迎し、受け入れ、委ねることなのです。